①女性年齢による妊孕力の変化 (卵巣予備能①)
②卵子の生涯発育とFSH, AMH, AFC の役割(卵巣予備能②)
③体外受精の動向~胚の選別と移植の妊娠率(大川ARTの妊娠率)
大川産婦人科・髙砂(大川ART)原著 文責 名誉院長 大川欣栄
~図表で見る卵巣予備能①~
総説 アルメイダ医報VOL. 44 NO.1
Key Words:晩婚少子化,高齢初産,妊孕性,不妊症,生涯卵子数,卵巣予備能,Ovarian reservation, Basal FSH, AMH, AFC
緒言:晩婚少子化時代の背景
日本の総人口及び人口構造の推移と見通し
(図1,我が国の総人口及び人口構造の推移と見通し)
図1に、内閣府30年版 少子化社会対策白書より抜粋した、我が国の総人口及び人口構造の推移と見通しに関するグラフを示す。
このグラフによると、我が国の総人口は、2017(平成29)年で1億2,671万人となっている。年少人口(0~15歳未満)の割合は12.3%、生産年齢人口(15~64歳)の割合は60.0%、高齢者人口(65歳以上)の割合は27.7%である。年少人口と生産年齢人口の割合は世界的にみて、最も少なく(国連推定)、高齢者人口の割合は最も多い。
2065年時点で中位推計より、総人口は8,808万人と現在の7割へと減少する見通しである。また、年少人口は898万人と、全人口の約10%となる。生産年齢人口の割合も51.4%と減少し、高齢者人口は大幅増の38.4%となる。1) 2)
数十年後には、更に少子高齢化が進み、生産・労働力の不足、年金医療制度の問題などにより日本の経済状況が悪化し、国民の生活水準、日本の国際的地位の低下していくことが推測される。 我々は、次の世代の為にも、少子化対策に取り組まねばならない。
移民による人口増加は、少子化の対策になる?
(図2, 移民による人口増加を予想)
一方、少子高齢化が進む日本にとって、移民の受け入れに関する議論は避けては通れない問題である。外国人労働者の受け入れを拡大するため、入管難民法などの改正案が国会で成立され、2021年4月1日から施行される。施行後、5年後には累計で最大34万5000人の受け入れを見込まれている。
2018年にスイスIMD(国際経営開発研究所)が、63カ国を対象に調査した「移民受け入れによる高度なスキルを持つ人材を引きつける力」の比較によると、日本は29位にとどまった。スイスが首位、米国は12位で、アジアではシンガポール、香港、マレーシアや台湾が日本を上回った。3) (図2)
また、米調査会社ギャラップは、移住したいと考える世界中の成人が希望通りの国に移った場合、日本の人口はわずか1% しか増えないと予想している。
これらの予想は、移民受け入れだけでは、少子高齢化による生産・労働力の低下、年金医療制度などの問題を解決することはできないことを意味している。
80年代以降の少子化の要因<晩婚化・晩産化・非婚化>
(図3.1947~2016年平均初婚年齢上昇と合計特殊出生率低下との関係)
女性の就業率は年々増加し、女性の社会的地位、経済力の上昇より、経済的に結婚するメリットが減ったことが、独身女性の増加や晩婚化の一因となっているのかもしれない。結婚時期に関しては、生育適齢期を意識する女性は少なくなっている。出産・育児により生じる経済的負担から、30歳を過ぎ、ある程度収入が増えてから妊娠を望む場合や、そもそも挙児を望まないというケースも少なくない。
合計特殊出生率は「一人の女性が一生のうちに出産する子供の平均数」を示している。単純計算でこの値が2.0なら、夫婦2人から子供が2人生まれるので、その世代の人口は維持されることになる。しかし実際には次の世代を出産出来る年齢まで、さまざまの原因で人数が減少する。実際にわが国において人口維持に必要な合計特殊出生率(人口置換水準)2.07以上が必要とされている(平成27年、国立社会保障・人口問題研究所)。
1974年には合計特殊出生率は2.05と人口置換水準を下回っており、以降40年以上もの間、人口置換水準を下回り続けている。日本人口の減少傾向はほぼ不可逆な現象になっている。(図3)
加齢による妊孕性の低下
(図4 女性における、年齢による妊孕力の変化)
女性の年齢と妊孕性の関係に関する報告は数多くある。しかし近年、妊娠に関する知識が解明され、妊娠を増進あるいは回避する方法は一般に普及したことで、本来の自然の状態における妊孕性を知ることが困難になる。そこで、避妊法や不妊治療が確立されていない、数世紀前の調査分も含めた結婚女性の年齢と出産数の関連を調べた研究を参照した。 4) 5) 図4 のように結婚女性の妊孕力は20~25歳をピ-クとし、その後減少する。35~40歳より急減し、45歳の妊孕性はほぼ休止状態である。一方、現代女性の平均寿命も健康年齢も以前の倍に伸びたにも関わらず、妊孕力の年齢はそれほど伸びていない。
現代女性の妊孕力低下、不妊症増加の原因
近年女性の妊孕力について、平均寿命の増加、健康年齢の増進、生殖可能年齢の微増により、本来は妊孕性に有益の働きのはずであるが、先に述べられるように結婚、妊娠出産の高齢化より自然妊娠の力は劇的に減少している。その主な理由は高齢化に伴う卵巣予備能(Ovarian reserve)が低下した。卵巣予備能低下とは、潜在的卵巣内卵子の数の減少、老化による染色体異常の増加、卵子の受精可能な状態への成熟が困難になり、ホルモンの産生も低下することである。
もう一つの原因は、年齢が増加すると、卵管炎、子宮筋腫、子宮内膜症等に罹患する確率が増加する。クラミジア卵管炎より卵管が癒着、閉鎖する。子宮筋腫が増大すると、特に粘膜下筋腫の場合、子宮腔内に突出して着床や成長を障害する可能性がある。子宮内膜症が悪化すると癒着や動きの制限により卵管の通過性が悪くなり、更に子宮内膜症が進行すると、骨盤内環境の悪化が胚の成長や着床を障害することなどが指摘されている。
現代女性の生涯月経回数の増加とそれに伴う妊孕力低下、不妊症増加の可能性
妊孕力の低下は高齢化との揺るがない関係を示す一方、現代女性の生涯月経回数が増加することと妊孕力低下との関係がフォーカスされる。
百年以上前の女性は初婚が早く、多産で、8、9人の子どもを産むことも珍しくなかった。妊娠中授乳中の1年半から2年の間は、月経の周期はなかった。Torben Pedersen らは妊娠マウスの卵胞に関する研究において、妊娠中の卵胞発育の速度は通常月経周期中と同じだが、卵胞発育の数は月経周期中より少ないと述べている。6)百年以上前の女性の合計特殊出生率は現代女性の5倍以上であり、妊娠の合計期間が長いため、その間の卵胞の活性化(=卵胞の枯渇)が少なく、卵子の温存に繋がっていた可能性がある。一方、現代の女性は晩婚で出産回数は少なくなったため、生涯月経回数は約400回と激増している。月経回数の増加による卵子の消費が増え、卵巣予備能の低下を招く可能性がある。また、女性ホルモンに依存する子宮筋腫、子宮内膜症(子宮腺筋症)において、月経回数が増加により症状が進行し、より妊孕力低下、不妊症増加に拍車を掛ける。仮説ではあるが、現代の女性に見られる月経回数の増加は妊孕力低下、不妊症増加の一因とも考えられる。
女性の年齢が増加すると不妊症の治療は困難になる
(図5 2016年全国ARTの妊娠率、生産率、流産率の年齢別推移)
不妊症の治療はタイミング療法、人工授精よりも体外受精(ART)が格段効果的な治療法であり、難治性不妊症には最も的確な治療法となる。しかし、高齢になると、たとえ体外受精や顕微授精などの生殖補助医療を行っても妊娠率・生産率は低下する。35歳から挙児の確率は20%を切る、40歳から10%以下になる。流産率も40歳以後に急速増加する。7) (図5)
(図6 2016年全国ARTの治療周期の年齢別推移)
ART治療を受ける最も多い年齢層は39~41歳である。しかし、ART治療より挙児(生産周期数)できる最も多い年齢層は36~38歳である。つまり、多くの患者さんが更に3年早くARTの治療を受ければ、より良い成績が期待される。 7) (図6)
ヒト生涯卵子数の推移-胎生期から更年期までの卵巣予備能
(図7.ヒト生涯卵子数の推移より胎生期から更年期まで卵巣予備能を表現する。)
1.組織学的卵子数の定量研究
Wallace と Kelsey 氏は1951年~2008年に発表された8つの組織学的卵子数の定量研究を集約した(表1)、計325個の卵巣において受胎から更年期までの各年齢と卵胞数との関係を (図7) のよう卵子数と年齢の相関図として示している。 (卵胞は1個ずつ卵子を容れているので、卵胞数=卵子数) 8)
2.生涯卵子の数の推移
ヒトの胎生4週頃に卵黄囊壁の上皮細胞下に原始生殖細胞が出現する。その後、生殖堤に移動し、女性では卵祖細胞(oogonium)となり、12週を過ぎると卵祖細胞は細胞分裂を開始し、一次卵母細胞となる。原始生殖細胞の数は約2,000 であるが、胎生18~20週頃には卵祖細胞と一次卵母細胞の数は600万~700万とピークに達する。それ以後の細胞生理的死滅(apoptosis)により減少し、出生時には約100万~200万、思春期には20万〜30万となる。8)初潮以後、周期的な排卵を始め生殖期に入る。その間に卵胞は閉鎖枯渇し、ほとんどの卵胞は失われてしまう。特に30歳後半から40歳すぎには、卵子数は1~2万と急速に減少し、妊孕性も激減する。閉経を迎える50~51歳に残っている卵胞は、約1,000に過ぎない。9)従って、晩婚、初産の高齢化は妊娠率の減少、少子化に直接結びつくこととなる。その他、遺伝子疾患、自己免疫疾患などに見られる早発卵巣不全( Premature ovarian failure )の症例において、出生時の卵胞数が少なく、卵胞閉鎖も加速することで知られている。10)11) また、子宮内膜症、子宮筋腫、骨盤内感染症、自己免疫疾患、卵巣手術,化学療法,放射線療法,卵巣血流障害などのリスク症例において組織学的卵子数の定量研究によると、卵巣内の卵子数は年齢とともに減少するが、これらのリスクを伴うとより卵胞の喪失は加速し、妊孕性は激減する。12)
図7からわかるとおり、同じ年齢の女性でも卵子数は数倍から数十倍のばらつきがある。例えば、25歳卵子数の平均は65,000個、95%予測区間は「7,700〜546,000個」になる。35歳卵子数の平均は16,000個、95%予測区間は「1,900〜13,500個」になる。若い年齢の卵子数は少なく、年上年齢の卵子数が多いこともよく見られる。従って、卵子数を評価するには、年齢以外に補助的な指標が必要で、それが卵巣予備能の検査であると言える。8)
卵巣予備能の検査
(表2 卵巣予備能検査を適応する具体的事例)
卵巣予備能は卵巣内に保有する卵母細胞(卵胞、卵子)の数を示し、卵巣年齢とも言われている。卵巣予備能を評価するのは年齢は重要な因子であるが、次に、血液中ホルモンの FSH (卵胞刺激ホルモン)、inhibin (インヒビン)、AMH (抗ミューラー管ホルモン)及び超音波検査の卵巣の大きさと AFC (前胞状卵胞数)が卵巣予備能、特に卵母細胞の数を予測するのに重要な役割を果たしている。 13)
卵巣予備能の検査は、医学的生殖補助技術(ART)が求められる時期と方法、卵子凍結、提供卵子での妊娠など、さまざまな選択の判断材料の一つになると言える。(表2 )
現在卵巣予備能検査(表3)は主にBasal FSH, AFC, AMH が使われており、女性の妊孕力を評価し、卵巣予備能の不可逆的衰退過程を検知することができる。臨床においては、排卵誘発剤の選択や、ARTにおける卵巣刺激の反応性を予測した刺激法の選択、OHSSに対する予測と回避方法の決定、など重大な役割を果たしている。しかし、各検査方法にはそれぞれ利点と限界があり、患者さんの妊孕力を出来る限り正確にかつ客観的に把握するため、検査方法の原理と特色を理解し柔軟に応用することが重要である。13)
結語
本来ヒトは生物学的にできるだけ多くの遺伝子を次世代に残す本能があり、必ずしも数十年後の日本の人口の減少と高年化を防ぐ為に子供を産むのではない。近年の少子化の原因として、社会と人生の価値観の変化に伴い、生涯独身・晩婚・晩産の女性が増加したことがあげられる。
本文では女性における加齢に伴う妊孕力変化について現時点での知見をまとめ、卵巣予備能検査の有用性を提示した。妊孕力の知識と生殖の情報を正確に把握し、生育適齢期を意識することは、結婚と仕事、妊活と出産という女性の人生設計に役立つものだと考える。
大川産婦人科・髙砂(大川ART)原著 文責 名誉院長 大川欣栄
参考文献
1) 我が国の総人口及び人口構造の推移と見通し(平成29年10月1日の確定値)、内閣府 30 年版 少子化社会対策白書。
2) 日本の将来推計人口(平成29年推計)国立社会保障・人口問題研究所平成29(2017)年4月10日に公表結果。
3) 片沼麻里加、Isabel Reynolds, 2018年12月14日10:48 JST Bloomberg online。
4) J Menken, J Trussell, U Larsen: Age and infertility, Science 26 Sep 1986 : Vol. 233, Issue 4771, pp. 1389-1394 。
5) Kimberly Liu, Allison Case : Advanced Reproductive Age and Fertility, JOGC November 2011Volume 33, Issue 11, Pages 1165-1175 。
6)Torben Pedersen And Hannah Peters: Follicle growth and cell dynamics in the mouse ovary during pregnancy, Fertility And Sterility, Vol. 22, No.1, January 1971。
7)2016年分の体外受精・胚移植等の臨床実施成績、
平成29年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告 委員長齊藤英和。
8)W. Hamish B. Wallace, Thomas W. Kelsey : Human Ovarian Reserve from Conception to the Menopause、 PLoS ONE、 www.plosone.org 9 January 2010, Volume 5, Issue 1, e8772 。
9) 久具宏司: 卵子の老化(加齢婦人の卵子)、FUJI Infertility & Menopause News, 2013.8、Vol.16。
10)Simpson, J.L. Genetic programming in ovarian development and oogenesis. in: R.A.Lobo, J. Kelsey, R. Marcus (Eds.) Menopause: biology and pathobiology. Academic Press, San Diego (CA); 2000: 77-94。
11) Limor Man, Jovana Lekovich, Zev Rosenwaks, and Jeannine Gerhardt : Fragile X-Associated Diminished Ovarian Reserve and Primary Ovarian Insufficiency from Molecular Mechanisms to Clinical Manifestations. Front Mol Neurosci. 2017; 10: 290. 。
12)Committee Opinion No. 589(ACOB & ASRM) : Female age-related fertility decline、Fertility and Strility, March 2014Volume 101, Issue 3, Pages 633-634 。
13)Reshef Tal, David B. Seifer: Ovarian reserve testing: a user’s guide,AJOG、 August 2017Volume 217, Issue 2, Pages 129-140 。
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