胎児貧血の診断

【胎児貧血の診断】
超音波検査と胎児採血があります。
超音波検査は、貧血があると血流速度が速くなることを応用し、胎児の脳内の血管血流速度を計測します。
胎児採血による貧血の確定診断を行う場合があります。

MCA-PSV

超音波検査:MCA-PSV middle cerebral artery- Peak Systolic Velocity
胎児貧血の血流評価―中大脳動脈の血流計測による胎児貧血評価

【胎児貧血の診断】
胎児貧血の評価は、非侵襲的な超音波検査と、必要に応じた胎児採血で行われます。超音波検査では、貧血に伴う血液粘度の低下と心拍出量の増加により、中大脳動脈の収縮期最高血流速度(MCA-PSV)が上昇する現象を利用して計測します。MCA-PSVが1.5MoM(MoM:実測値が中央値の何倍かを示す)以上の場合、中等度以上の胎児貧血の診断感度は86〜100%とされています。
MoM値(multiples of the median: 実測値が中央値の何倍かを意味します)
Calculations of The Peak Systolic Velocity →→→ Click

ただし、中大脳動脈の血流は他の要因にも左右されるため、MCA-PSVの上昇だけで胎児貧血と断定することはできません。臨床背景やその他の血流所見、さらに胎児水腫や心拡大などの症状を総合的に判断し、必要に応じて胎児採血による確定診断を実施します。
【胎児貧血の基準】
胎児ヘモグロビン(Hb)が7g/dL未満、または胎児ヘマトクリット(Ht)が妊娠18~26週で25%未満、26週以降で30%未満の場合、胎児貧血と判断されます。
【超音波検査の安全性】
超音波検査は非侵襲的な方法で、胎児への影響がなく安全に実施できることが確認されています。

https://jsog-k.jp/journal/lfx-journal_detail-id-20284.htm

参考症例:
妊娠経過中に中大脳動脈最大血流速度の上昇を認め胎児貧血の診断にて児を救命しえた一例
松木 翔太郎, 芹沢 麻里子, 大川 直子, 下山 華, 平井 久也, 松井 浩之, 山下 美和, 岡田 喜親, 小林 隆夫
浜松医療センター産婦人科
(緒言)妊娠経過中にMCA-PSV(中大脳動脈最大血流速度)の上昇を認め胎児貧血の診断にて緊急帝王切開を行ない,児を救命しえた症例を経験したので報告する.(症例)34歳,2経妊1経産,自然流産1回.前回妊娠は28週,胎児水腫,胎児水腫(Hb2.8g/dl)を認め精査加療中に子宮内胎児死亡となっている.今回の妊娠経過:前回の妊娠で胎児貧血があったためMCA-PSVを毎週計測し管理していた.妊娠25週時にMCA-PSVが上昇,翌週の再検で正常上限,27週2日の検診時もMCA-PSV70cm/(perinatology.comによると1.961MoM)と再上昇していたため,胎児貧血,胎児機能不全にて入院した.翌27週3日,帝王切開術にて,1030g男児Apg1/4,にて娩出した.臍帯血pH7.417,Hb5.3g/dlと重症貧血を認めた.出生後,Hb3.5g/dlまで低下するもRCC輸血でHb 12g/dl台まで上昇した.その後輸血を要することなく経過していたが,生後2週間すぎから貧血進行,日齢26・38日にRCCを再度輸血した.以後経過良好につき日齢96日に退院となった.出生後,貧血の原因を精査.母体HbF・AFP測定し母体胎児間輸血症候群を否定.先天性赤芽球ろうを疑い骨髄検査をするも赤血球系を含む骨髄の低形成は認めなかった.不応性貧血(MDS)も考慮したが鉄染色では環状赤芽球は認めなかった.脾腫なし,クームズ陰性,著名な黄疸も認めていなかった.赤血球は小型で球状であり大小不同が目立つことから遺伝性球状赤血球症などの無効造血を来す溶血性貧血も鑑別に挙がった.しかし現在確定診断に至らず遺伝子検査を施行し結果待ちの状態である.(考察)現在確定診断はついていないが繰り返す胎児貧血の症例を経験し,MCA-PSVの測定が有用であった症例を経験した.

perinatology.com
Expected Peak Velocity of Systolic Blood Flow in
the Middle Cerebral Artery (MCA) as a Function of Gestational Age
Multiples of Median (MoM値)

The risk of anemia is highest in fetuses with a pre-transfusion peak systolic velocity of 1.5 times the median or higher.

Formula: MCA-PSV= e (2.31 + 0.046 GA), where MCA-PSV is the peak systolic velocity in the middle cerebral artery and GA is gestational age
In fetuses with anemia the MCA PSV appears to increase above the normal range because of decreased blood viscosity and increased cardiac output associated with the anemia. Single measurements of the MCA PSV blood flow have been found to predict the presence of moderate or severe anemia in fetuses with a sensitivity of 100 percent and a false positive rate of 12 percent with the number of false positive results increased after 35 weeks gestation. Reference ranges of singletons are suitable to assess fetal anemia in monochorionic diamniotic twin pregnancies between 18 and 37 weeks of gestation.

The MCA PSV may used to evaluate anemia in fetuses affected by red blood cell alloimmunization, twin to twin transfusion, twin anemia-polycythemia sequence, alpha-thalassemia, parvovirus , fetomaternal hemorrhage , G6PD deficiency, placental chorioangioma, and other suspected causes of fetal anemia.

It is important that the gestational age be accurately determined since the middle cerebral artery (MCA) peak systolic velocity (PSV) naturally increases with gestational age.

MoM値(multiples of the median: 実測値が中央値の何倍かを意味します)

By Mark Curran, MD FACOG Updated 4/20/2021

MFT maternal fetal transfusion syndrome

【胎児母体間輸血症候群 (FMT fetal maternal transfusion syndrome)】
【母体胎児間輸血症候群 (MFT maternal fetal transfusion syndrome) 】両者同意義

母児間輸血症候群(FMT or MFT)は、胎児の血液が母体側に流れ込むことで胎児に重度の貧血を引き起こす病態です。この状態は、出産前後に発生することが多く、胎児の循環状態に大きな影響を及ぼすため、早期の診断と適切な治療が極めて重要です。

【原因】
FMTの主な原因は、妊娠中や出産時に胎児の血液が母体の血流へ逆流する現象です。具体的には、陣痛や胎盤の分離、出産時の衝撃などにより、胎児と母体の間で急激な血液交換が起こることが挙げられます。さらに、羊水穿刺や絨毛検査、外回転術などの侵襲的な検査によって胎盤絨毛が損傷し、血液が漏出しやすくなる場合もFMTのリスクが高まります。また、母体外傷や胎盤剥離など、外部からの刺激によってもFMTが誘発されることがあります。前置胎盤や前置血管に伴う場合も、胎児と母体間の異常な血液交換が発生しやすくなります。

【症状】
FMTにおける主な症状は、胎動の著しい減少です。さらに、胎児心拍モニタリングでは、心拍波形が正弦波状(Sinusoidal pattern)となることが確認され、これは重度の胎児貧血を示唆する重要な所見です。また、中大脳動脈のピーク収縮期血流速度(MCA-PSV)が高値を示すことも特徴です。これらの所見は、胎児の循環動態が著しく変化していることを反映しており、重症化のリスクが高い状態を示します。

【診断】
FMTの診断には、母体の血液検査が大きな役割を果たします。特に、Kleihauer-Betke法などを用いて母体血中の胎児赤血球(HbF)の割合を測定する方法が一般的です。これにより、母体内にどの程度の胎児血が存在するかを評価し、FMTの有無を判断します。さらに、胎動の減少、超音波検査 (中大脳動脈のピーク収縮速度(MCA-PSV)が高値 ) や胎児心拍モニタリング (Sinusoidal pattern) といった非侵襲的検査も組み合わせ、臨床症状と合わせた総合的な評価により診断が行われます。
(正常成人の血液中における胎児性ヘモグロビン(HbF)の割合は、通常1%未満で、多くの場合0.5%以下となっています。男女間で大きな差は認められず、個人差はあるものの、一般的にこの範囲内に収まります。 成人AFP(アルファフェトプロテイン)の血中濃度は、一般的に0~10 ng/mL)

【合併症】
FMTは、胎児の神経障害、死産、新生児死亡といった深刻な合併症を引き起こす可能性があります。これらの合併症は、胎児が十分な酸素や栄養を供給されなくなることにより発生するため、早期発見と迅速な治療が求められます。

【治療】
治療法としては、胎児輸血が中心となります。早期の介入により、胎児の貧血状態を改善し、重篤な合併症の発生を防ぐことが可能です。治療方法は、臨床状況や胎児の状態に応じて専門医が慎重に選択し、場合によってはその他の支持療法も併用されます。

【追加の原因因子】
FMTは、母体外傷、前置胎盤や前置血管に伴う出血、羊水穿刺後や外回転術などの外科的介入によっても引き起こされることがあります。これらの要因は、胎児と母体間の血液交換の異常を誘発するため、臨床現場では特に注意が必要です。

以上のように、FMTは多岐にわたる原因と症状を持ち、迅速な診断と治療が求められる重篤な病態です。各症例において、母体と胎児双方の状態を慎重に評価し、適切な介入を行うことが、最良の治療結果を得るために重要となります。

参考症例:
胎児母体間輸血症候群(feto-maternal transfusion syndrome:FMT)の2例
鎌田 英男, 本池 良行, 木戸 浩一郎, 手島 映子, 市田 宏司, 梅澤 幸一, 杉崎 聰一, 松本 泰弘, 司馬 正浩, 笹森 幸文, 梁 栄治, 綾部 琢哉  帝京大学医学部附属病院産婦人科
【緒言】FMTは,短時間にある程度の量の胎児血が母体血側に流入し,子宮内胎児死亡の原因にもなるものである.胎動減少,胎児心拍数図でSinusoidal pattern,中大脳動脈のPeak Systolic Velocity(MCA-PSV)の高値を認め,重症新生児貧血となったFMTの2例を報告する.【症例1】24歳1経妊0経産.妊娠31週2日に切迫早産で前医に入院した.妊娠34週0日に胎動減少を自覚し,翌日の胎児心拍がSinusoidal pattern様,Biophysical profile score(BPS)2点,UA-RIもMCA-RIも正常だがMCA-PSV1.23 m/sのため,当院へ緊急母体搬送となった.搬送準備中に基線細変動が消失したため,当院搬入後,直ちに帝王切開術を行った.2,274g,男児,Apgar score 1/1,UApH6.957.全身蒼白でNICUに入院し,Hb 1.9g/dl, Ht 6.2%に対して蘇生・輸血などを行ったが日齢1に永眠した.母体血HbF 5.3%,AFP 23,830ng/mlであった.【症例2】39歳1回経妊1回経産.妊娠28週,切迫早産で入院し,妊娠33週6日に退院した.妊娠36週4日,胎動減少のため来院した.BPS 4点,UA-RI・MCA-RIは正常だったが,MCV-PSV1.01m/sであり,胎児心拍モニターを継続していたところ,Sinusoidal patternと遷延一過性徐脈とが出現したため緊急帝王切開術を行った.2,280g,女児,Apgar score 1/5,UApH 7.255.全身蒼白でNICUに入院しHb 5.5g/dl,Ht 17.5%に対し,輸血を行った.その後,呼吸・循環動態は安定した.母体血HbF 6.3%,AFP 6,679ng/mLであった.【結語】胎動減少などの訴えがあり,Sinusoidal patternを認めた場合,UA-RI・MCA-RIが正常でもMCA-PSVなどを計測し,胎児循環動態の生理学的変化を確認する事がFMTを鑑別するのに有用と思われた.

Rh不適合妊娠

Rh不適合妊娠と胎児溶血性貧血

Rh不適合妊娠とは、母体がRh(D)陰性でありながら、胎児がRh(D)陽性である場合に発生する免疫学的な問題です。母体がRh因子を持たないため、胎児のRh陽性赤血球が母体に流入すると、母体の免疫系がこれらの異物を攻撃する抗体を産生します。この抗体が胎盤を通じて再び胎児に影響を及ぼし、胎児の溶血性貧血を引き起こすことがあります。重症化すると、胎児の死亡や流産、早産のリスクが著しく上昇します。

【症状】

  • 貧血と黄疸: 胎児や新生児では、溶血による貧血が認められ、同時に黄疸が現れることが多いです。
  • 重症例の所見: 重度の場合、胎児水腫が発生します。これは、胸水や腹水が貯留し、全身にむくみが生じる状態であり、心不全を伴うこともあります。

【治療】
治療は、病態の重症度に応じて迅速な対応が必要です。主な治療法には以下があります。

  • 子宮内胎児輸血: 超音波ガイド下で、胎児の腹腔内または直接血管内にRh陰性の濃厚赤血球を輸血する方法です。これにより、胎児の貧血状態を改善し、臓器への酸素供給を維持します。
  • 早期出産と交換輸血: 状態が急速に悪化する場合、早期出産を行い、出生直後に新生児への交換輸血を実施することで、重症貧血の改善と合併症の予防を図ります。

【胎児貧血の評価とMCA-PSVの活用】
Rh不適合妊娠においては、胎児貧血の重症度評価が非常に重要です。中大脳動脈最大血流速度(MCA-PSV)の計測は、非侵襲的に胎児貧血を評価する有力な手段として広く用いられています。

  • MCA-PSVの特徴: 胎児貧血では、血液の粘度低下と心拍出量増加により、MCA-PSVが上昇する傾向があります。
  • 評価基準: MCA-PSVの値が上昇している場合でも、必ずしも貧血があるとは限らないため、継続的な観察や、必要に応じた胎児採血による確定診断が重要です。
  • 管理の必要性: 頻繁な超音波検査とMCA-PSVの測定により、胎児の循環動態を慎重にモニタリングし、貧血が認められた場合には早期に介入できる体制が求められます。

【胎児重症貧血の判断基準】
胎児重症貧血の判定には、胎児ヘモグロビン(Hb)が7g/dL未満、または胎児ヘマトクリット(Ht)が妊娠18~26週で25%未満、26週以降で30%未満という基準が用いられます。これらの数値に基づいて、適切な治療タイミングを判断します。

【Rh不適合妊娠の予防】
予防策としては、胎児の血液が母体に大量に流入した場合に、Rho(D)免疫グロブリン(抗D免疫グロブリン)の投与が行われます。これにより、母体の免疫系が胎児の赤血球上のRh因子を認識しにくくなり、次回以降の妊娠での溶血性貧血発症リスクを低減します。また、定期的な妊婦検診により、Rh不適合のリスクを早期に把握し、適切な予防措置を講じることが重要です。

双胎間輸血症候群(TTTS)

双胎間輸血症候群(TTTS Twin-twin transfusion syndrome)とは
TTTSは、一絨毛膜性双胎、すなわち1つの胎盤を2人の胎児が共有するケースにのみ発生する特有の病態です。胎盤内に存在する吻合血管を介して、両胎児間で血液が行き来する仕組み自体は通常バランスが保たれていますが、この均衡が崩れると、一方の胎児(受血児)に過剰な血液が流入し、もう一方の胎児(供血児)に対して血液が不足する状態となります。

【原因と発症機序】

  • 胎盤共有による血液循環の不均衡: 一絨毛膜双胎では、両胎児が1つの胎盤を介して密接に連結しており、吻合血管を通じた血液交換が通常は相互に均衡しています。しかし、何らかの理由でこのバランスが崩れると、受血児は血液を過剰に受け取り、供血児は血液を送り出しすぎる状態となります。
  • 誘因となる外的要因: 陣痛、胎盤の部分的剥離、出産時の衝撃などが、血液移動の不均衡を助長します。さらに、羊水穿刺や絨毛検査、外回転術などの侵襲的検査により、胎盤絨毛が損傷すると、さらにFMTのリスクが高まります。また、母体の外傷や胎盤剥離、前置胎盤や前置血管の存在も発症の一因となります。

【症状】
TTTSは両胎児に影響を与える疾患です。

  • 受血児(血液を余分にもらっている側): 血液過剰により循環負担が増大し、全身のむくみ(胎児水腫)、心不全、さらに胎児の尿量が増加することで羊水過多状態となります。
  • 供血児(血液を送り出している側): 血液不足により栄養が行き届かず、発育不全や低体重となります。また、尿量が減少するため羊水過少や腎機能低下を引き起こすことがあります。
    この病態は、一絨毛膜双胎の約10%に発生し、どちらの胎児も重篤な状態になるため、早期診断と迅速な治療が求められます。

【治療法】
TTTSの治療には、以下の方法が用いられます。

  • 羊水穿刺・羊水除去: 受血児側の羊水過多による陣痛やその他合併症を防ぐため、定期的に子宮内の過剰な羊水を吸引します。
  • 胎児鏡下胎盤吻合血管レーザー凝固術: 内視鏡を用いて胎盤上の吻合血管をレーザーで焼灼・凝固し、両胎児間の不均衡な血液交換を遮断する方法です。これにより、受血児と供血児それぞれの循環状態を改善し、救命率の向上が期待されます。

【予後】
無治療の場合、TTTSは非常に重篤で、文献的に無治療での児の死亡率が80%以上とされています。一方、胎児鏡下レーザー凝固術などの介入治療により、両児の生存率は約80%前後に改善され、脳性麻痺などの後遺症も約5%程度と報告されています。

【出典】 Japan Fetal Therapy Group (http://fetusjapan.jp/)

以下の図は、Japan Fetal Therapy Group(http://fetusjapan.jp/)と出典