妊娠中毒症の原因 ~妊娠していること自体が原因~

妊娠中毒症の病態は、簡単にいうと「妊娠による体の変化によって母体に負担がかかり、その負担に対応できないために起こる、適応不全症候群」と考えられている。

具体的には以下の病態生理が絡み合っている。

最も発症しやすいのは36週以降

妊娠中毒症は36週以降にもっとも出やすいといわれているが、その時期に発症した場合のほとんどは軽症である。早期に発症するものの中には重症化するものも多く含まれており、特に20週以前に発症する場合は、妊娠する前から高血圧、尿タンパク、浮腫などを持つ持病があったか、遺伝や家系的なものによると考えられ、このようなケースを混合型妊娠中毒症という。

これに対し20週以降から産褥期(産後6週間)までの間で発症した場合は純粋型妊娠中毒症と区別している。さらに、純粋型妊娠中毒症でも32週未満の発症を早発型、32週以降の発症を遅発型と分類している。早い時期から症状がでるということは、母体が妊娠の変化に早くから対応できなくなっているといえる。したがって、遅発型より早発型、さらに混合型となるほど重症化しやすいといえる。 

分類

*妊娠中毒症病型分類(1992)

  1. 純粋型妊娠中毒症とは妊娠偶発合併症の存在によるとは推定しえず、妊娠20週から産褥期(分娩42日間)までの期間にのみ高血圧・蛋白尿・浮腫などの症状を呈する場合をいう。
  2. 混合型妊娠中毒症とは妊娠前より高血圧・蛋白尿・浮腫などを呈する疾患の存在が推定され、妊娠によって症状の増悪あるいは顕性化をみたものをいい、純粋型に該当しないものもこれに含まれる。
  3. 純粋型、混合型にかかわらず、痙攣発作を伴うもの。

妊娠高血圧症候群 pregnancy induced hypertension; PIH, pre-eclampsia

定義  妊娠20週以降、分娩後12週まで高血圧がみられる場合、または高血圧に蛋白尿を伴う場合のいずれかで、かつこれらの症状が単なる妊娠の偶発合併症によるものではないものをいう。

重症化すると子癇発作(痙攣)など怖い症状を起こすことも
症状によって重症と軽症に分けられるが、重症になると高血圧による脳内出血や肝障害、心不全、肺水腫、常位胎盤早期剥離、子癇発作などを起こすことがある。また、産後も長期にわたって治療が必要になったり、後遺症を残すこともある。

影響 ~妊娠中毒症になるとどうなるの~

1.胎児胎盤機能不全

症状の重症化に伴い胎盤内の血管が障害を受け、子宮から胎盤に十分な血液が運ばれなくなる。胎児に必要な酸素や栄養が供給されなくなると、赤ちゃんの元気がなくなり、発育が遅れたり、体重が増えない(IUGR:子宮内胎児発育遅延)などの問題が起こってくる。分娩のタイミングを逃すと胎児仮死や最悪の場合胎児死亡を起こすこともある。

また、将来児に障害がでてくる心配もあり、胎児の健康状態と妊娠中毒症の病勢を十分把握しておく必要がある。そのため、分娩誘発や帝王切開などで早めに児を娩出させることもある。

2.母体の重症化(妊娠中毒症の増悪)

重症の場合でも母体への対症療法を行いながら、胎児の発育・成熟を待つが、母体の健康状態が悪く、妊娠の継続に耐えられないと判断された場合にはtermination(妊娠の終結)=分娩方針とします。

そのときの緊急性や分娩進行状態により分娩方法(誘発分娩、吸引・鉗子分娩、帝王切開)が選択される。それは、妊娠中毒症のいちばんの治療法は妊娠の終結だからである。このタイミングが遅くなると母体はDICとなり多臓器不全となりうるので、常に妊娠中毒症の病状を把握しておく必要がある。

3.産褥後遺症

根本的な治療は妊娠の終了なので、一般には産後しばらくすると自然に改善される。しかし、産後、妊娠の影響が無くなった時点(分娩後4~6週間)でも症状が続くなら、後遺症の存在、あるいは妊娠前には分かっていなかった基礎疾患の存在が危惧される。その際には内科的精査が必要である。後遺症のリスクを減らすためにも分娩のタイミングを逃さないことが重要といえる。

どんな人がなりやすいの?

  1. 高血圧の家系
  2. 極端に太っている・やせている
  3. 前回妊娠時、妊娠中毒症であった。
  4. 若年・高年出産
  5. 合併症(基礎疾患)のある人
  6. 多胎妊娠
  7. 初めての妊娠

治療 ~妊娠中毒症の治療は?~

1.もっとも大切なのは安静と食事療法

妊娠中毒症の治療法はまず安静にすること。とくに横になると体にかかる負担が軽くなるので、腎臓に流れる血液の量が増えてむくみが取れ、血圧も下がっていく。子宮に流れる血液量も増えるため、胎児への酸素・栄養供給も増えることとなる。食事療法も大切である。

*栄養管理*
1) 低カロリー(1800)kcal/day 程度)
           BMI=体重(Kg)/身長(m)2
           非妊婦(やせ:18未満、標準:20~22、肥満:24以上)
           標準体重=身長(m)X身長(m)X22
           ・非妊時 BMI 24以下:
           30Kcal X 標準体重 + 200Kcal
          ・非妊時 BMI 24以上:
           30Kcal X 標準体重

2) たんぱく質
従来は高タンパクとされていたが、低カロリー食である以上、困難であり見直しが図られた。
           *蛋白摂取量
             ・妊娠中毒症:1.0g/日 X 標準体重
             ・妊娠中毒症の予防:1.2~1.4g/日 X 標準体重

3) 減塩(7g/day程度)
最近、塩分制限では妊娠中毒症の改善はみられないといわれ、むしろ母体循環血液量を減少させ高血圧を悪化させるなどの指摘がある。しかし、日本人の塩分摂取量は他国に比し多いためある程度は行われる意味はある。
          *塩分制限
           ・正常妊婦:10g/日
           ・妊娠中毒症:7~8g/日程度

・水分制限は基本的には必要なし(血液濃縮を招き胎盤循環にとり好ましくない))

        *その他         ・高ビタミン食
                    ・魚(エイコサペンタエン酸)
                    ・野菜、果物(カリウム)
                    ・動物性脂肪・糖質の制限

2.薬物療法

1)降圧剤(血圧目標値140~150/90~100mmHg)
(1) Hydralazine(アプレゾリン)   
         経口: 30~120mg/day p.o. 分3
         点滴静注: 100mg(5A)+5%G500mlにて0.5~2μg/kg/分
                 15ml/hr→30ml/hr→40ml/hr→50ml/hr
                 または20mg(1A)+生食200ml div
                      (効果発現まで20~30分かかる)
          血管の収縮や抵抗を減じ、血圧(特に拡張期圧)を低下
          心拍量や腎血流量を増加させ利尿をもたらす
          副作用:動機、頭痛
          母乳OK

(2) methyldopa(アルドメッド)
         作用の発現遅く2~3日かかる
(3) α・βブロッカー(トランデート)
          150~450mg/day p.o.

(4) カルシウムブロッカー(塩酸ニカルジピン=ペルジピン)
細胞内カルシウム濃度の増加が中毒症の病態の1つより、本剤は原因療法としても適しているが、しばしば作用が強く(きれがいい)注意が必要。産褥期に使いやすい
          経口:ペルジピンLA 40~80mg 2X /day p.o.
          点滴静注: ペルジピン20mg(2A)+5%G500ml
                  開始・・0.4μg/kg/分(50kgなら、約30ml/hr)
                  維持・・2~10μg/kg/分 ・・・実際には20ml/hrより開始 
          * ラシックス等の利尿剤は原則として使用しない

2) 抗凝固療法
      (1) ヘパリン療法
        ・低分子ヘパリン(フラグミン)75U/kg/24hrで持続点滴
      (2) AT-III製剤 1500mg/30分でdiv

3) 子癇発作に対する治療
      (1) diazepam(セルシン)    1A(10mg) i.v.
      (2) 硫酸マグネシウム(マグネゾール=MgSO4 ) 1A=20ml=2g
         マグネゾール10~20ml(1~2g)を数分間(10~20分)でi.v.、
         その後1~2g/hrでdiv(50mlのシリンジに2A=40mlつめ、10~20ml/hrでdiv)
         * 切迫早産で用いる場合
           1、50mlのシリンジに2A=40mlつめる。
           2、まず40ml/hrで30分ローディング(20ml/30分注入で有効濃度とす)
           3、維持量として3~8ml/hr(10~20g/day)を続ける

      (3) 再発予防のため:フェノバール(1A=1ml)を1回1~2ml筋注

4) 発症予防法
     (1) 低容量アスピリン療法(小児用バファリン) 1T/day=81mg/day
     (2)カルシウム大量療法(600~1200mg/day)

一般管理方針

 1) 軽症例 :食事の塩分を控え、自宅で安静を指示する。
 2) 重症例、軽症でも症状重複している例、IUGR合併:入院とする
   治療・・ベッド上安静、食事療法(1800kcal/日、塩分7g)
   検査・・母体評価:血液検査(CBC、生化、凝固検査)、尿蛋白定量、腎機能検査(24hrCCR)
       血圧測定、浮腫評価
       胎児評価:well being(NST、超音波カラードップラー)、胎児発育(超音波)

母胎症状増悪傾向の早期指標

(1) 血液粘調度の増加(Ht>40%)
(2) 尿酸値(UA)の増加
(3) 凝固・線溶系の亢進(産科的DIC)
まずTATが上昇(例TAT>10)→AT-III低下(例80%以下)→D-dimer上昇→さらに重症化するとDICとなる。これらの徴候の後、症状増悪することが多い。

妊娠中毒症の妊娠終了の適応指針

母体因子
      1.治療に抵抗して症状が不変または増悪
      2.子癇、早剥、胸・腹水、HELLP症候群、肺水腫、他合併症の出現
      3.腎機能の悪化
      4.血液凝固異常の出現
胎児因子
      1.胎児発育停止(妊娠28週以降、2週間以上)
      2.胎児仮死徴候(NST)、CST positive
      3.羊水量減少、BPSの低下・・・潜在性胎児仮死
* 凝固・線溶系
・TAT:トロンビンとAT-IIIの複合体。上昇は凝固亢進を示す。
・AT-III:トロンビンをはじめXa,IXa,XIa,XIIa,カリクレイン、プラスミンなどの活性を阻害する。
低下は凝固亢進を示す。
・Didimer:フィブリン分解産物。上昇は2次線溶亢進を示す。

超音波による胎児well being評価

(1)  BPS(biophisical profile score)
胎児は酸素の供給が十分あると気持ちよくて、身体をよく動かす。酸素の供給量が少なくなると、少ない酸素をより有効に利用するためと、一番大切な脳に酸素を集めるために四肢・身体の動きを少なくする。その胎児の代償作用を超音波で観察するのがBPSである。

(2) カラードップラー
臍帯動脈血流波形(UA)と中大脳動脈血流波形(MCA)を計測し、PI(pulsatility index)とRI(resistance index)を算出する。PIとRIの値は測定している欠陥から末梢に血液が流れやすいか、流れにくいかを示す1つの指標(血管抵抗)である。値が大きければ血液が流れにくい、小さければ流れやすいことを示している。

正常: RI、PIともにUA>MCA(中大脳動脈の血管抵抗が高く、脳への血流は少ない)
潜在性胎児仮死: RI、PIともにMCA>UA
(中大脳動脈の血管抵抗が低く、脳への血流は多くなっている)
=胎盤からくる酸素が減っているため、体全体に行き渡るはず の血液を脳にあつめている。これをbrain sparing effectといい、子宮内環境の悪化を示唆している。しかし、この段階ではこの期所により脳に酸素が集まるため胎児仮死とはなっていない。さらに進行すると:UAの拡張期血流の途絶、逆流が出現。

(3) AFI ( amoniotic fluid index )
子宮を上下左右に4分割してそれぞれの羊水ポケットの深さの和を求める。羊水は胎児尿と胎盤を含めた子宮内宮からの産生による。羊水量低下は胎盤機能の低下の結果である可能性がある。


付録 : HELLP症候群、AFLP(acute fatty liver of pregnancy)急性妊娠脂肪肝

#HELLP症候群
溶血(Hemolysis)、肝酵素の上昇(elevated liver enzyme)、血小板減少(low platelet count) を示す重症妊娠中毒症 の1群

症状 :嘔気、嘔吐、心窩部痛、右季肋部痛等が突然発症
*消化器症状が最初に現れるのが特徴で、妊婦が胃の痛みを訴えたら本症を疑います。(ブスコパンは無効)

病態 :胎盤や肝臓を中心とした血栓形成による微小循環障害、血管内皮細胞障害、微小血栓による肝壊死、血小板消費に伴う血液凝固異常である。

発症時期 :7週以前の発症は10%、分娩後1週間までの発症も31%あり、娩出が必ずしも治癒に必須ではない。

診断基準 :実はさまざまな診断基準があり、オリジナルは1982年Weinsteinの報告で、血小板数10万未満のみが明記されている。一方、テネシー(Sibai)やミシシッピグループ(Martin)は、血小板数に加え、肝酵素、ビリルビン値、LDH、ヘマトクリット値などをその基準に加えている。

予後の予測 :血小板数5万以下が重症の目安で、他データは指標にならない。 

合併症 :DIC、脳出血、ARDS、急性腎不全など

産科の対応 :診断つき次第急速遂娩(C/S), 血小板オーダー。

SS24~34週では胎児の成長を促すためステロイド使用(dexamethasone 10mg every 12hr)を考慮。これにより血小板数&肝機能&尿量なども改善する可能性が高い。可能なら経膣分娩を図る。

#AFLP(acute fatty liver of pregnancy)急性妊娠脂肪肝
T上の脂肪肝、PT延長、ビリルビン高値、LDH正常、血小板数10万以上などにより、HELLP syndromeと鑑別可能であるが、終末の臨床像はほぼ同じで対応に差はない。症状はHELLP症候群と同じ。
急速にDICとなるため、早急にDIC治療開始し、termination!