ホルモン補充療法(HRT Hormone Replacement Therapyは、女性の健康の根源をなすエストロゲンの状態を制御し、女性の健康を維持しようとする治療法です。

したがって、その治療効果は、女性生殖器にとどまらず、骨、血管をはじめとする全身の臓器に及び、代謝にも広く作用します。一方、エストロゲンの副作用も、女性生殖器だけでなく、多くの臓器に及びます。ホルモン補充療法により、女性の健康を極めて有効に増進させることができますが、リスクを抑えた使用方法を選択することが大切です。漢方薬の選択も含め、みなさま一人一人にあった方法を選択いたしますので、ご相談ください。

1.HRT に期待される作用・効果

1)更年期障害の改善

活発に働いて女性ホルモンを分泌している卵巣は、50歳前後で急激にその機能を停止してしまいます。その結果、女性は40歳代後半になると、それまで順調に訪れていた月経が不規則になり、やがて閉経となりますが、その過程で更年期を迎えます。 更年期には、女性ホルモンが急激に減少することと、その時期の心因的ストレスなどによって、ホットフラッシュ,寝汗,関節・筋肉痛,不眠,腟乾燥感など心身に様々な症状が出現します。これらの「更年期障害」に対し「ホルモン補充療法」は非常に有効です。

2)骨粗鬆症の予防・治療

女性ホルモンのうちエストロゲンは、骨の形成に重要なホルモンです。40歳を過ぎると女性では骨量が徐々に低下してきますが、更年期になると、急激に「骨粗鬆症」となる場合があることが知られています。この「骨粗鬆症」に対し、「ホルモン補充療法」は非常に有効であり、減少した骨量を増加させることも可能な場合が多いものです。また、ホルモン補充療法には、骨量減少女性や健常女性においても骨折を予防し、関節保護作用,運動機能改善作用および姿勢バランスの改善作用もあります。

3)認知機能 への効果

更年期を過ぎると物忘れが激しくなり、ときにかなり早期に「痴呆」まで進行するアルツハイマー病を発症することがあります。「ホルモン補充療法」は閉経後女性の記憶などの認知機能を改善する可能性が示され、アルツハイマー病発症のリスクを低下させる可能性がありますが、認知機能の維持または認知症の予防を主な目的とした「ホルモン補充療法」 は薦められていません。

4)皮膚症状を改善

更年期になると、皮膚も薄くなり、皮膚の乾燥症状や掻痒感が出現することがあります。「ホルモン補充療法」は、皮膚のコラーゲン量が増加させ,皮膚の厚みが増す可能性があり、

皮膚の表層組織のきめ細やかさや皮膚結合組織の粘弾性の改善効果がある有効の可能性があります。しかし、現在のところ、皮膚組織に対する改善効果のみを目的として,「ホルモン補充療法」 を推奨するだけのデータは不十分であります。

5)性交障害など、生殖器症状の改善

更年期になると、生殖器の粘膜も萎縮し、外陰部の掻痒感や膣粘膜の乾燥症状が出現することがあります。とくに膣粘膜の乾燥は、性交時の外陰部疼痛の原因となり、更年期以降のスムーズな性生活を障害します。このような生殖器症状に対し、「ホルモン補充療法」は効果があります。

6)歯科口腔系への効果

顎骨骨密度を増加させ、口腔乾燥症を改善する可能性があります.

歯牙喪失を予防し,歯周疾患や他の口腔内症状を予防もしくは改善する可能性があります.

2.HRT に予想される有害事象

1)不正性器出血

有子宮者に行なわれる HRT は,不正性器出血を生じさせる可能性があります.

2)乳房痛

エストロゲン製剤による乳房痛の頻度は多くが 10%未満です. エストロゲン量を減らすことが症状軽減に有効と考えられています.

3)乳癌

乳癌リスクに及ぼす HRT の影響は小さく、5 年未満の施行であれば有意な上昇は認めません.しかし、5 年以上の施行でも、リスクの上昇はアルコール摂取・肥満・喫煙といった生活習慣関連因子によるリスク上昇と同等かそれ以下であります.この乳癌リスクは HRT を中止すると速やかに低下します.

4)静脈血栓塞栓症(VTE)

経口 ホルモン補充療法は VTE (venous thromboembolism) のリスクを 2~3 倍に増加させ,投与初年度のリスクが最も高くなると言われています.この VTE リスクは年齢および BMI の上昇に依存し増加すしますが,50 歳代(閉経後早期)および BMI<25kg/m2 (肥満ではない方)ではむしろリスクは少なくなります.
また。経皮吸収エストロゲン製剤を用いたホルモン補充療法では VTE リスクが増加しない可能性が示されています.

3.ホルモン補充療法 の実際

1) HRT の禁忌症例と慎重投与症例は?

[禁忌症例]
・重度の活動性肝疾患
・現在の乳癌とその既往
・現在の子宮内膜癌,低悪性度子宮内膜間質肉腫
・原因不明の不正性器出血
・妊娠が疑われる場合
・急性血栓性静脈炎または静脈血栓塞栓症とその既往
・心筋梗塞および冠動脈に動脈硬化性病変の既往
・脳卒中の既往

[慎重投与ないしは条件付きで投与が可能な症例]
・子宮内膜癌の既往
・卵巣癌の既往
・肥満
・60 歳以上または閉経後10 年以上の新規投与
・血栓症のリスクを有する場合
・冠攣縮および微小血管狭心症の既往
・慢性肝疾患
・胆嚢炎および胆石症の既往
・重症の高トリグリセリド血症
・コントロール不良な糖尿病
・コントロール不良な高血圧
・子宮筋腫,子宮内膜症,子宮腺筋症の既往
・片頭痛
・てんかん
・急性ポルフィリン症

2) 薬物の相互作用

エストラジオールの肝代謝に関わる肝薬物代謝酵素チトクローム P-4503A4(CYP3A4)を阻害する薬剤との併用は,エストラジオールの代謝が阻害されるため血中濃度が増加し,その作用が増強されるおそれがあります.例えば,HIV プロテアーゼ阻害剤、マクロライド系抗生物質、イミダゾール系抗真菌剤、トリアゾール系抗真菌剤などが該当します.

逆に薬物代謝酵素 CYP3A4 を誘導する薬剤は,エストラジオールの代謝を促進するため,血中濃度が減少し、作用が減弱されるおそれがあります.リファンピシン,バルビツール酸系製剤,カルバマゼピン、セイヨウオトギリソウ(セント・ジョーンズ・ワート)含有食品 などが該当します.

3) 投与前・中・後の管理法は?

1. HRT 投与前には,血圧・身長・体重の測定,血算・生化学・血糖検査,婦人科癌検診, 乳癌検診が必須です.
2.HRT 投与中には,症状の問診を毎回行い,投与前検査を年 1〜2 回繰り返します.
3.HRT 投与中止後 5 年までは 1~2 年毎の婦人科癌検診と乳癌検診を推奨します.

《よくある質問》

CQ1 関節痛に HRT は有効か
Answer:HRT は関節痛発症を予防する可能性があります.

CQ2 不眠に対し HRT は有効か?
Answer:有効である.

CQ3  腰痛に対しHRTは有効か?
Answer:器質的疾患が否定され,更年期障害の一症状と考えられる腰痛に対してHRTは有効である.

CQ4 骨盤臓器脱に対しHRTは有効か?
Answer:HRTは骨盤臓器脱に直接効果はないが,合併する下部尿路症状,腟萎縮,腟乾燥を改善する.

CQ5  HRTは性機能障害を改善させるか?
Answer:性的疼痛および腟潤滑に対して改善効果がある.

CQ6 心血管系の有害事象を減らすためにHRTの開始時期を考慮すべきか?
Answer: 考慮すべきである.
HRT開始時期と心疾患発症についてのメタ解析によると,閉経後10年未満もしくは60歳未満にHRTを開始すると心疾患発症リスクが有意に減少し,予防効果が見られるのに対し,閉経後10年以上もしくは60歳以上で開始するとリスクがやや上昇し、予防効果が消失する

CQ7 肥満者にHRTは可能か?
Answer: 慎重投与ないしは条件付きでの投与が可能である.

CQ8 60歳以上の女性に対し新規にHRT は可能か?
Answer:明確な適応があり,そのベネフィットがリスクを上回る場合に限り可能である.

CQ9 高血圧を有する女性にHRTは可能か?
Answer:コントロールされている高血圧を有する女性へのHRTは可能である.

CQ10 糖尿病を有する女性にHRTは可能か?
Answer:動脈硬化性疾患がなく,良好な血糖コントロールが成された状態では可能である.

CQ11 早発卵巣不全(POI : premature ovarian failure or insufficiency )に対するHRTは推奨されるか
Answer:推奨される.

CQ12 周術期にHRTは中止すべきか?
Answer:手術のリスクによって4〜6週間前から, 術後2週間または完全に歩行ができるまで中止する.

CQ12 エストロゲン欠落症状がない女性にHRTは推奨されるか?
Answer: 明確な目的があり,ベネフィットがリスクを上回る場合は推奨される

CQ13 HRTはいつまで投与可能か?
Answer:HRTの投与継続を制限する一律の年齢や投与期間はない

CQ14 過活動膀胱(OAB: overactive bladder )に対しHRTは有効か?
Answer:エストロゲンの局所投与(主に経腟)は有効である.